2010年2月23日
サハリン州について
宗谷海峡、オホーツク海を挟んで日本の北海道に接しており、日本との経済的な結びつきが強い。主な付属島嶼にモネロン島
(日本名は海馬島)があり、1983年9月1日に発生した大韓航空機撃墜事件のあった舞台としても有名である。サハリン島の南
部(南樺太)およびクリル諸島(千島列島)全域は、第二次世界大戦以前は日本領であった地域であった。日本がソビエト連
邦に対して1918年に出兵をした際には北サハリンを占領して実行支配を続けていたが、1925年に日ソ国交樹立したのを期に日
本軍が撤退し、ソ連統治下に戻った。
1945年8月、未だ有効期間中であった日ソ中立条約を破棄してソビエト連邦が侵攻した。現在でもロシア連邦が実効支配して
いる。そのうち、南クリル(南千島、「北方領土」)については、日本政府は日本固有の領土であるとして返還を強く求めて
おり領有権を巡って係争となっている。その他日本が領有権を放棄した地域については日本政府は「ソ連・ロシアが条約に調
印していないため国際法上は所属未定」との立場を取っている。なお、日本政府による積極的な返還要求が南千島のみである
のに対し、日本共産党は、樺太・千島交換条約によって合法的に日本の領土とされていた歴史的経緯を根拠に、北千島を含む
千島列島全域を、維新政党・新風は南樺太も含めて返還を主張すべきという立場を取っている。またサハリンはモスクワから
とてつもなく離れた僻地の島であるためか、レーニン像が未だに残っており、施設の老朽化が進んでおり、経済発展によりロ
シア本土へ移住が進み過疎化している。鉄道も大陸からのお古のロシア客車が使用されている。
北海道からサハリン島
1995年5月から、北海道・稚内港とサハリン・コルサコフ港との間に、「平成版稚泊航路」が運航されるようになった。当初
はロシア船を利用して定期フェリーが就航したが、1997年、1998年は、旅行会社のチャーター船による運航となった。1999年
から日本船籍のアインス宗谷号が就航している(冬季を除き週2便の運航)。
北海道本土から択捉島
ソ連軍侵攻後は、北海道本土から択捉島への定期公共交通は、船便・航空便ともに存在しない。北海道本土から島に直接渡る
場合は「ビザなし交流」に参加し、チャーター船で根室港から出発、クリリスク(紗那)に入港する。「ビザなし交流」の場
合であっても、チャーター船がロシアが主張する領海に入ると、国際航路を通航する船舶の慣例によってロシア国旗をマスト
に掲げ、また、クリリスクに到着後は、ロシアの税関当局による入域審査を受ける。
なお、このチャーター船の利用は、日ロ両政府の合意により、旧島民、その子孫、ならびに返還団体から推薦された者等に限
定されている。これは日本側がロシア領であることを認めたくないため、ロシア側の正式な手続きを取らないことを提案し、
ロシア側がそれを受け入れているからである。実際には日本政府に申し出れば、研修を受けた後、返還団体の推薦を得ること
が出来る。つまり希望すれば誰でも「ビザなし交流」に参加できる。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
サハリン島について初めて知ることがたくさんありました。
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